刀剣入門

名物と呼ばれる刀

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「名物」(めいぶつ)とは、「享保名物帳」(きょうほうめいぶつちょう)に記載された日本刀のこと。日本刀に関する書籍に必ず登場する他、博物館などで展示される場合は「名物」と明記されるため、日本刀に詳しくない人でも言葉だけなら聞いたことがあるかもしれません。「名物」と呼ばれる刀とは、どのような刀なのか。「名物」に関する基本知識をご紹介します。

「名物」は「享保名物帳」に記載される刀のこと

徳川吉宗

徳川吉宗

現代における「名物」は、「享保名物帳に記載される刀」という意味で使われていますが、「名物」という言葉自体は古くから「有名な刀」という意味で使用されていました。

享保名物帳は、「享保の改革」(きょうほうのかいかく)を実施し、「暴れん坊将軍」として有名な江戸幕府8代将軍「徳川吉宗」が、刀剣鑑定家「本阿弥家」の13代「光忠」(こうちゅう)へ命じて作らせた刀剣解説書のことです。徳川吉宗は、幕臣の気のゆるみを正すために、弓道をはじめとした武芸を奨励したことでも知られており、その一環で刀剣研究を行わせたと言われています。

享保名物帳は、上巻、中巻、下巻の3部で構成されており、収録されている刀の本数は274振。編纂にあたった本阿弥家は、室町時代の足利将軍家の頃から刀剣の手入れ等を行い、「豊臣秀吉」の命で刀剣鑑定書「折紙」を発行することを許可されていたため、本阿弥家には膨大な名刀の資料が存在したと言われており、享保名物帳を編纂する際もそれらの資料をもとにしたのではないかと推測されます。

なお、原本である公儀本は公開されることがなかったため、幕府御用の腰物奉行(こしものぶぎょう:役職のひとつで、将軍の刀剣や装身具などの管理を司った)「星野求与」(ほしのきゅうよ)が書き写した「星野本」が世間に流布しました。

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名物三作とは

享保名物帳に記載されているのは、名刀だけではありません。名刀を多く作刀した3名の刀工「五郎入道正宗」(ごろうにゅうどうまさむね)、「郷義弘」(ごうのよしひろ)、「粟田口吉光」(あわたぐちよしみつ)が「天下に名高い刀工」として記載されており、この3名のことを「名物三作」(天下三作)(めいぶつさんさく/てんがさんさく)と呼びます。

五郎入道正宗

五郎入道正宗は、鎌倉時代末期~南北朝時代に相模国(現在の神奈川県)で活躍した刀工。日本刀の主な5つの生産地「五箇伝」(ごかでん)のひとつ「相州伝」(そうしゅうでん)の祖である「新藤五国光」(しんとうごくにみつ)の息子または門人と言われる「藤三郎行光」(とうざぶろうゆきみつ)の子で、相州伝を確立した最も著名な刀工として知られています。

名刀を多く作刀しただけではなく、後継者の育成にも尽力し、多くの弟子を迎え入れて名工に育て上げました。正宗に師事した弟子のなかでも、特に優れた10名の高弟を「正宗十哲」(まさむねじってつ)と呼びます。

正宗の作は、「織田信長」や「徳川家康」などが愛好し、褒美刀として家臣に与えた他、家臣から主君への献上品として用いられることが多かったため、全国の大名から重用されました。しかし、その一方でほとんどが無銘であったことから、偽作が多く出回ったことでも知られています。

刀  無銘  伝正宗
刀 無銘 伝正宗
無銘
鑑定区分
特別重要刀剣
刃長
68.3
所蔵・伝来
孝明天皇→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕
五箇伝の名工
日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。

郷義弘

郷義弘は、南北朝時代に越中国(現在の富山県)で活躍した刀工。

正宗十哲のひとりであり、正宗十哲のなかでも取り分け優れていたことから、大名に人気があったと言われていますが、若くして没したことに加えて、無銘の作しか存在しないため、「郷[江]とお化けは見たことがない」(世間ではあると言われるが、実際に見たことはない物の例え)と言う言葉が生まれました。現代においても、郷義弘の作は「日本刀のなかで最も入手困難」と言われるほど現存数が少ないです。享保名物帳には、約22振が掲載されています。

刀 無銘 伝江
刀 無銘 伝江
無銘
鑑定区分
特別重要刀剣
刃長
70.1
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

粟田口吉光

粟田口吉光(あわたぐちよしみつ)は、「藤四郎」(とうしろう)の別名を持つ、鎌倉時代中期に山城国(現在の京都府南半部)で活躍した刀工。

現存する短刀の多くが国宝重要文化財に指定されています。粟田口吉光の代表作である短刀「薬研藤四郎」(やげんとうしろう)の逸話から「所有者の身を守る刀」として、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康など、名だたる将軍家や諸大名から重宝されました。

粟田口吉光は、「短刀の名工」と称されていますが、短刀の他には長寸の日本刀の作刀も行っています。作例としては、尾張国(現在の愛知県東部)犬山藩主「成瀬家」伝来の小太刀「吉光」(よしみつ)の他、太刀一期一振」(いちごひとふり)などが挙げられ、なかでも一期一振は「最高峰の日本刀」と讃えられる名刀として有名です。また、粟田口吉光は刀工のなかで名物の数が最も多く、享保名物帳には約40振が掲載されています。

薬研藤四郎
薬研藤四郎
吉光
鑑定区分
未鑑定
刃長
25
所蔵・伝来
畠山政長 →
足利将軍家
薬研藤四郎
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吉光
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現存する「名物」の刀

短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)

短刀 銘 来国光[名物 有楽来国光]」は、鎌倉時代末期に山城国で活躍した刀工「来国光」(らいくにみつ)が作刀した短刀。

本短刀は、織田信長の末弟「織田有楽斎[織田長益]」(おだうらくさい[おだながます])が、「豊臣秀頼」から拝領し、のちに加賀藩前田家」へと伝わった国宝指定の名物です。享保名物帳には、5,000貫(現在の価格で約3.7億円)と記載されました。

短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)
短刀 銘 来国光(名物 有楽来国光)
来国光
鑑定区分
国宝
刃長
27.7
所蔵・伝来
豊臣秀頼 →
織田有楽斎 →
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

短刀 無銘 名物上部当麻(當麻)

短刀 無銘 名物上部当麻[當麻]」は、鎌倉時代後期から南北朝時代にかけて大和国北葛城郡当麻(現在の奈良県葛城市當麻)で活躍した刀工一派「当麻派」(たいまは/たえまは)が作刀した短刀。

本短刀ははじめ、大和国御所藩(ごせはん:現在の奈良県御所市御所)の初代藩主「桑山元春」(くわやまもとはる)が所有していましたが、のちに「徳川御三家」の「紀州徳川家」や「尾張徳川家」などを渡り歩きました。享保名物帳には、当麻派の刀が2振載っており、本短刀はそのうちの1振です。

短刀 無銘 名物上部当麻(當麻)
短刀 無銘 名物上部当麻(當麻)
無銘
鑑定区分
重要美術品
刃長
25.3
所蔵・伝来
桑山元晴→
徳川将軍家伝来→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

短刀 銘 備州長船住長義(名物 大坂長義)

短刀 銘 備州長船住長義[名物 大坂長義]」は、南北朝時代に備前国(現在の岡山県東部)で活躍した刀工「長船長義」(おさふねながよし/ちょうぎ)が作刀した短刀。

本短刀は、豊臣秀吉の愛刀で、のちに前田利家のもとへ渡り、代々前田家に伝来した由緒正しい名刀です。号の「大坂」は諸説あり、一説には大坂(大阪)で前田利常が豊臣秀吉から拝領したことが由来と言われています。

短刀  銘  備州長船住長義
短刀 銘 備州長船住長義
表:備州長船
住長義
裏:正平十五年
五月日
鑑定区分
重要文化財
刃長
27.7
所蔵・伝来
豊臣秀吉→
前田利家→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

名物と呼ばれる刀

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