刀剣入門

刀装具の図柄
 - 刀剣ワールド名古屋・丸の内/ミニ博物館

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「刀装具」(とうそうぐ)とは、刀剣の拵(こしらえ)に附属する装飾部品の総称のこと。鍔(つば)、目貫(めぬき)、笄(こうがい)、小柄(こづか)、鎺(はばき)、柄(つか)、鞘(さや)、縁頭(ふちがしら)、下緒(さげお)などがあります。本来は実用的な目的で拵の補強具として作られていましたが、豪華に飾り立てることで地位や権威、信仰心や美意識を示すシンボルとなり、趣向を凝らした様々な意匠が施されるようになりました。草花、架空の霊獣、動物、魚、昆虫、道釈人物(どうしゃくじんぶつ:道教や仏教の神や高僧)、和歌、故事や伝説など図柄は千差万別。時代とともに流行も変遷して行きます。実際に刀装具の図柄を見てみましょう。

刀装具

打刀の刀装具

打刀の刀装具

太刀の刀装具

太刀の刀装具

青貝微塵塗桐紋鞘 雲龍金具 太刀拵
(あおがいみじんぬりきりもんさや うんりゅうかなぐ たちごしらえ)

青貝微塵塗桐紋鞘 雲龍金具 太刀拵

青貝微塵塗桐紋鞘 雲龍金具 太刀拵

こちらは「刀 無銘 伝二王」(かたな むめい でんにおう)の(こしらえ)です。(さや)の青が印象的ではないでしょうか。鮑貝(あわびがい)を細かく塵状にして蒔(ま)き、漆に塗り込む青貝微塵塗(あおがいみじんぬり)という技法です。

金色の桐紋

金色の桐紋

金色の紋は桐紋(きりもん)。一の足(いちのあし)、二の足(にのあし)にも桐紋が見られます。鳳凰(ほうおう:聖人君子が現れるときに姿を見せる瑞鳥)が桐に棲むという中国思想に基づき、平安時代の「嵯峨天皇」(さがてんのう)の頃より、天皇の袍(ほう:朝服の上着)に付けられるなど、桐は高貴な文様とされました。

そののち、皇室から下賜されるかたちで、足利家豊臣家で桐紋が使用されるようになり、武士にとっては羨望の紋でした。

(つば)を観ると、龍と雲の図柄が見えるはずです。さらに、目貫(めぬき)・冑金(かぶとがね)・(ふち)、そのうえ責金物(せめかなもの)や石突金物(いしづきかなもの)にまで、龍と雲が確認できます。

中国において龍紋は皇帝を象徴し、宮廷以外では許されていませんでしたが、日本では吉祥文として比較的自由に使われていました。渦巻と長い尾が特徴的な雲は「霊芝雲」(れいしぐも)。霊芝は現在でも漢方薬として使用されているキノコのことです。龍は雲を呼び、雲に乗って移動することから、龍と霊芝雲の吉祥文同士を組み合わせて雲龍文(うんりゅうもん)とし、さらなる幸福の願いが込められました。

青貝微塵塗桐紋鞘 雲龍金具 太刀拵の細部

青貝微塵塗桐紋鞘 雲龍金具 太刀拵の細部

実は 無銘 伝二王には、もうひとつの拵が存在します。江戸時代は、礼装、通常公務、普段、慶弔など、ときと場合によって拵を変える必要があったからです。

金梨子地桐下藤紋蒔絵 糸巻太刀拵
(きんなしじきりさがりふじもんまきえ いとまきたちごしらえ)

金梨子地桐下藤紋蒔絵 糸巻太刀拵

金梨子地桐下藤紋蒔絵 糸巻太刀拵

先ほどの青貝微塵塗桐紋鞘 雲龍金具 太刀拵と比べると、対照的な色彩の使われ方ではないでしょうか。先ほどは青鞘と黄金色に近い亜麻色の糸巻柄(いとまきづか)の組み合わせであったのに対し、こちらは金鞘と緑糸巻柄になっています。太刀緒(たちお)も色合いが反転しつつ、よく似た模様です。

近付いて図柄を見てみましょう。今度は五七桐(ごしちのきり)に加えて藤紋も配われています。目貫・冑金・縁・責金物・石突金物の図柄はともに桐紋です。

金梨子地桐下藤紋蒔絵 糸巻太刀拵の細部

金梨子地桐下藤紋蒔絵 糸巻太刀拵の細部

藤は古来より日本に自生し、花咲く頃は宴が催されるなど、観賞用に親しまれていましたが、平安時代に藤原氏の繁栄とともに、藤原一族を象徴する花となり、家紋や装束・調度品に多く用いられるようになりました。写真の藤紋は、花房が垂れ下がる「下がり藤」です。

黒蝋色塗鞘 脇差拵(くろろいろぬりさや わきざしごしらえ)

黒蝋色塗鞘 脇差拵

黒蝋色塗鞘 脇差拵

こちらは、「脇差 銘 津田越前守助広 寛文十年二月日」(わきざし めい つだえちぜんのかみすけひろ かんぶんじゅうねんにがつひ)の拵です。図柄をクローズアップしてみましょう。

黒蝋色塗鞘 脇差拵の細部

黒蝋色塗鞘 脇差拵の細部

鍔、小柄(こづか)、(こうがい)、縁頭(ふちがしら)、栗形(くりがた)、裏瓦(うらがわら)まで、図柄はすべて葡萄と栗鼠の組み合わせ。「武道律す」と読み替えることができるため、桃山時代から江戸時代初期にかけて武具や陶漆器などに多く見られる図柄です。小柄の裏には、藤木照昌(花押)の精緻な銘。「藤木照昌」は、室町時代から始まる金工の名門、後藤家の弟子と伝わります。

戦乱の世が終焉した江戸時代には、日本刀が武器よりも権威の象徴としての意味が強くなり、将軍家をはじめ武士は金工師(きんこうし)へ様々な刀装具(とうそうぐ)装飾を依頼するようになります。その結果、日本の金工技術は飛躍的に発達。

鎖国が終わり明治時代になると、1873年(明治6年)のウィーン万国博覧会では、浮世絵、織物、工芸品、陶漆器、刀剣、甲冑、仏像などとともに刀装具が出展され、その超絶技巧と図柄の美しさが評判となりました。

刀装具の図柄とアール・ヌーヴォー

動植物をモチーフ(題材)とし、曲線が多く取り入れられた物が多い刀装具の図柄には、同様の特徴を持つアール・ヌーヴォー風の物が存在します。

アール・ヌーヴォーとは、「新しい芸術」の意。1900年前後に都市化と産業化を背景としてヨーロッパ主要国を中心に栄えた、国際的な芸術工芸運動・様式を指します。動植物をモチーフとした流曲線装飾と、鉄やガラスといった当時の新素材の利用などが特徴ですが、実は日本の美術工芸からの影響を受けているのです。

例えば、建築家「エクトール・ギマール」がデザインしたパリのメトロ(地下鉄)の出入り口のような、鉄を使った流線的なデザインは、透鍔(すかしつば)にも多く見られるものです。

  • パリのメトロ(地下鉄)出入口
    パリのメトロ(地下鉄)出入口
  • 植物をモチーフとした刀剣ワールド所蔵の鍔
    植物をモチーフとした刀剣ワールド所蔵の鍔

また、「エミール・ガレ」の代表的な工芸作品には昆虫が図柄として使用されています。日本では古くから昆虫文に馴染みがあり、特に蜻蛉文(とんぼもん)は武人に好まれ、(えびら)や(くら)、鍔にも用いられました。俊敏に獲物を捕らえる習性から勝虫(かちむし)もしくは勝戦虫(かちいくさむし)と呼ばれていたためです。

グスタフ・クリムト作 「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」(ノイエ・ガレリエ蔵)

グスタフ・クリムト作
「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」(ノイエ・ガレリエ蔵)

さらに同時代の絵画において、着衣や背景に日本風の図柄が確認できます。

「グスタフ・クリムト」作「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」では、市松模様や唐草模様をアレンジした図柄ではないかと言われています。

グスタフ・クリムトの黄金様式の作品は、金箔を使用した華やかな作風で、琳派(りんぱ)の影響が指摘されています。

他方、鍔は琳派の絵師達のデザインが取り入れられることも多々ありました。新刀の代表的な刀工で、鍔の制作も手掛けた「埋忠明寿」(うめただみょうじゅ)も、琳派のひとりです。

グスタフ・クリムトが浮世絵や着物、甲冑、(あぶみ)を所蔵していたことは判明していますが、父親と弟が金工師であり、初期は装飾芸術を専門としていたグスタフ・クリムトが、刀装具にも注目していた可能性は十分にあると思います。

このように、共通性に着目して刀装具を鑑賞してみると、また違った面白さを発見できるかもしれません。

刀装具の図柄

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